「お主達、魔族との決戦に参加すると言っていたが…本気か?」
まだ全快には至っていないヘンリーをベッドで休ませたまま、俺達は海辺で長老と話をしていた。
「決戦に参加せずに逃げても、いつかは殺されるだろうし…何より魔族には借りがある。倍にして返すつもりだ。」
俺は右拳を強く握り締める。魔族への怒りは微塵も風化していないようだ。
「そうじゃったか…。」
カルベ長老は僅かに笑みを零す。
「お主達のような勇気ある若者がいるとは思いもせんかった…。まだ、希望はあるかもしれんな…。」
遥か北に見える魔族の城を睨み続けていたカルベ長老が、今度は海辺の村に視線を変えた。
「この村にも、1ヶ月前には大勢の村人が住んでいた…。皆、呪文の知識に長け、中には中級呪文を操れる子供などもおった…だが…。」
カルベ長老の表情がガラリと変わる。今まで微笑んでいたのに、突然悲しみに満ち溢れた表情を浮かべた。
「魔族が攻めてくると知った途端、この有様じゃ。わし以外皆、村から逃げていきおった…。」
多くの呪文を操れる村人達ですら、逃げていったのか…。やはり、それ程魔族は脅威の存在なのだろう。
俺達の行く先々で、人々の悲痛な叫び声を聴かされる。魔族は、どこまで恐ろしいんだ…。
「わし一人でも魔族と戦うつもりじゃったが…正直なところ、確実に死ぬと思っていた。魔族の強さは嫌というほど実感しとるからな。」
カルベ長老はふぅ、と溜息をつき、俺に視線を合わせた。
「じゃが…今は違う。お主達のような者がいれば、魔族を倒すことも可能かもしれん…。」
カルベ長老が杖をつきながらゆっくりと歩き、ミレーユの前で止まる。
「ミレーユ…じゃったか。これを持っておきなさい。」
カルベ長老は、銀色の素朴な首飾りを外すと、ミレーユに手渡した。
「これは…?」
「…お守りのような物じゃ。大切にするんじゃよ。今日はもう遅い。この村の宿を使うといい。」
そう言って、カルベ長老は家に戻っていった。 

次の日、ヘンリーはすっかり全快し、既に修行に励んでいた。
俺はヘンリーと剣術修行を行い、ミレーユはカルベ長老に呪文を教わっていた。
決戦に参加する他の戦士達と修行をするのが望ましいのだが、生憎誰も来ていない。『まだ来ていない』のか、『誰も来ない』のかは分からないが…。
ただ、生きている限りカンダタとエテポンゲが来るのは確かだ。今の時点では、カルベ長老を含め6人…思いのほか少ないが、奇跡が起きれば、或いは…。
「隙だらけだ!」
ヒュンッ
剣が空を切る音が響く。俺の左腕を、ヘンリーの剣が掠っていた。
危ない所だった。戦闘中に考え事などしている暇はない。相手が魔物だったら死んでいたかもしれん。
「掠ったか…。中々反応が良くなってきたな。」
とヘンリーに言われるものの、まだまだヘンリーにはかなわない。先程から、ダメージを受けては回復、受けては回復という拷問に近い修行を続けている。
「メラ!!」
ボウッ
俺の左方向から小さな火球が放たれ、俺に直撃した。明らかにおかしい。ヘンリーは俺の目の前にいるのに。
メラを放ったのは、カルベ長老だった。杖先が真っ直ぐこちらに伸びている。
「まだまだ甘いのう…。決戦は1対1で行われる訳ではない。常に自分と戦っている相手以外にも警戒をしておくんじゃ。」
確かに。どうも1対1に慣れすぎていた。完全に不意を突かれてしまったようだ。
「時々わしのメラが飛んでくるから、常に警戒しておくんじゃ。いつ飛んでくるか分からんぞ。」
完全に拷問だ…ただでさえ俺より遥かに強いヘンリーと1対1で戦わなければいけないのに、メラまで飛んでくるとは…。

「やっと着いたぞ!」
俺が再び剣を構えた瞬間、村の入り口から声が聞こえてきた。
そちらの方を見ると、全身痣や切り傷だらけの旅人らしき者が4人いた。

「お前達は?」
ヘンリーが、旅人達に歩み寄る。
「俺達は魔族との決戦に参加する為にこの村に来た。」
金髪のリーゼント頭の剣士が一歩前に出て、ヘンリーに答えた。
「何、それは本当か!?」
「ああ、このまま黙って魔族にやられる訳にはいかないからな。俺達も協力させてもらう。」
一気に仲間が4人も増えた。それは喜ばしい事だ。が…。
俺は心の底から喜ぶ事は出来なかった。その4人の中に、カンダタも、エテポンゲもいなかったのだ。
まあ、まだ10日あるからそれまでに来る可能性は十分あるんだが…。
それにしても気になるのは、この4人の面々。どうにも既視感が拭い去れない。
金髪のリーゼント頭の剣士、小柄で軽装の盗賊風の男、フンドシとマントの変態男、全身防具で身を堅め、顔以外覆い被さっている戦士。
「む…君は、あの時の地下の魔物を倒してくれた少年!?」
フンドシの変態が俺に迫り来る。一瞬生命の危機を感じ取ったが、あまりの恐怖に動けなかった。肩を鷲掴みにされる俺。
「久しいな!君が仲間に加わってくれるとは、頼もしい!」
…ようやく思い出した。地下が虫に占領されていた城の変態王か。どうりでこのインパクトのあるフンドシにデジャヴを感じた訳だ。
しかし、この変態王強いのか?あの時は虫程度に恐れをなしていたのに…。
「ん?おお!わが城の試練を乗り越え、魔物を倒して洞窟を開通させてくれたあの時の少年か!」
今度は、リーゼント。
「お、お前は…宿屋の女を助けるために俺のアジトn 

取り敢えず長老の家に入って一旦場が落ち着いた。
どうやらフンドシ=変態王、リーゼント=ブラスト、盗賊=盗賊の頭(エテポンゲの親分)らしい。また懐かしい奴が揃ったな。
結局、無言のまま全く喋らないもう一人の戦士の正体は分からなかったが、やはりどこかで見た事がある気がする。
「ふむ…今のところ8人か…。まさかこれ程集まるとは思わなかったわい。」
俺も、正直カンダタとエテポンゲ以外にはもう誰も来ないと思っていた。まさか、魔族に対抗しようと思っている奴がまだこんなにいるとは。
これは魔族討伐も夢ではなくなってきたかもしれない。いや、確実に『現実』にしてみせる。
「実はな…先日、魔族達がわしにあることを言いに来たんじゃ…。」
突然重々しく口を開くカルベ長老。
「魔族が直接…?一体何を…?」
緊迫した雰囲気の中、俺はカルベ長老の言葉を待った。
「『部隊長ジャミ、ゴンズの他に、部隊員は50。それと、魔族の秘密兵器を用意してきてやる。覚悟していろ。』…と。」
「ご…50…だと…!」
一瞬で部屋全体、いや、世界が『絶望』で埋め尽くされる。
俺は、荒野に生息する野生の魔物ですら対等に戦えない。50匹の部隊員は魔族の城の奴らで、恐らく野生より知能も高く強いだろう。それが、50…。
それに、秘密兵器とは…?武器…?最強の魔物…?それとも他の何か…?
とにかく今分かることは、この瞬間俺の中にある『希望』が『絶望』に変わってしまったということだ。
「面白い…。」
皆が絶望の表情を浮かべる中、ブラストは一人薄ら笑いを浮かべていた。
「数が50?秘密兵器?面白いじゃないか。相手にとって不足はない。」
どうやら、相当の覚悟をしてきているようだ。このブラストという男は。
「わが城の王や兵士、住人、そして世界の人々の為にも、俺は魔族を倒してみせるぞ!」
拳を強く握り、歯を食いしばるブラスト。 

「そ、そうだな…。」
「どうせ捨てる命だ。とことんまでやってやろうじゃないか。」
「ビビってる場合じゃない!やってやろうみんな!」
本心なのか一時的な感情の高ぶりなのか、皆が、ブラストに煽られ奮起する。
「決戦は近いぞみんな!今まで散々弄ばれた分、ここで返り討ちにしてやろう!」
「おお!!」
その日は夜も遅いので全員が早々と眠りについた。



「はぁ…やはり一時的に感情が高まってただけかもしれないな…。」
宿のベッドに横になり、ぶつぶつと呟く俺。あれから数時間、既に怖気づいていた。
数が50、というのは冷静に受け止めている。ギリギリ許容範囲だ。
俺が気になっているのは、秘密兵器。
どうも胸騒ぎがする。この『秘密兵器』というのを聞いた時から…。気のせいだろうか…。
カチャッ
突然ドアが開かれる。そこに立っているのは、例の謎の戦士。
戦士は先程の重装備とは違い、ステテコパンツ一枚という大胆な格好をしていた。
「どうした…?」
戦士は何も言わず、俺に歩み寄る。
不気味だ…。一体何を考えているんだ…。何故突然俺のところに…。
「やはり忘れちまったか…俺のことを…。」
「えっ?」
戦士が初めて口を開いた。『忘れちまった』とは…やはりどこかで会っていたのか?
「まあ…会ったのはほんの数分だったしな…忘れていても仕方ないだろう…。」
と言われるものの、全く思い出せない。どこかで見たことはあるんだが…。 

「俺だ。魔物に畑を荒らされていた村の、武器屋だよ。」
「あ………ああー………。」
言われてみるとそんな気が……ん?
待て、確かあの村の武器屋は…。
「暫く見ない内に、随分良い体つきになったな。どうだ、今夜一緒に…。」
「うぎゃああああああああああああ!!!!!!」



次の日、俺とカルベ長老を除く6人は、呪文や剣の修行に励んでいた。
武器屋の腹に大きな切り傷が出来ており、皆が心配そうにしていたが、当然俺だけはスルーだ。
それはいいとして、俺はというとカルベ長老とある話をしていた。
「結論から言うと、無理じゃな。」
がくりと俯く俺と、優雅にコーヒーを飲むカルベ長老。
俺はカルベ長老に稲妻の呪文を教えてもらうよう頼んだが、一言目でその希望を断ち切られた。
畜生、大魔導師のカルベ長老なら容易に教えてくれると思ったんだが…。
「昔はただ一人、勇者と呼ばれる者が使えたが…今は誰一人として使えるものはおらん。わしに使えん呪文がお主に使える訳ないじゃろう。」
「いや待て、俺が勇者の血をひいている可能性が…。」
「たわけ!お主のような頼りなさそうな奴が、勇者な訳ないじゃろうが!」
確かにそうだ。第一俺は異世界から来たんだし、勇者な訳がない。
「諦めて、剣の修行でもするんじゃ。稲妻の呪文など、使おうと思うだけ時間の無駄じゃぞ。」
そう言い残して、カルベ長老は部屋を出て行く。
が、それでも俺は、あの稲妻の呪文が使いたかった。あの時見た稲妻の威力は、それ程凄かったのだ。

休憩時間、就寝前、早朝訓練の前。俺は少しでも時間があれば、雷鳴の剣をいじって、この剣を利用して自分の魔力で稲妻を出そうとした。
が、そんな努力も虚しく、雷鳴の剣は稲妻を放つどころかピクリとも反応しなかった。
そうして、無情にも瞬く間に月日が流れ、決戦前夜………。

「まず、ブラストとヘンリーが前線に立ち…。」
カルベ長老が書いた海辺の村の図を見ながら、作戦会議が行われていた。
皆が集中してカルベ長老の話を聞いている中、俺はと言うと全く集中できなかった。
まだ、カンダタとエテポンゲが来ていないのだ。
決戦前夜…もう二人が来る望みは薄い。もしや、二人ともどこかで魔物に…。
いや、あの二人に限ってそんな事がある筈がない。
きっと、今日の夜中に颯爽と現れるんだよな…そう…だよな………。
自分にそう言い聞かせるも、最早そんな考えは俺の中で消えかかっていた。
それに反比例して膨れ上がる思いは、二人の『死』だけだった。



暗黒の雲の遥か彼方で、月が力なく輝く深夜。波の音をBGMに、波打ち際で夜風に当たる俺。
決戦を次の日に控え、俺の意識は覚醒していて眠れなかった。
明日、ここが戦場になるとは考えられないほど、辺りは静まり返っていた。
ここが魔族の墓場となるか俺達の墓場となるか…全ては明日、決まる。
「眠れない…のか?」
突然俺の後ろから声がする。声の正体は、ヘンリー。
「ああ…。決戦のこともあるけど…それより…。」
「カンダタのことか…。」
「………。」
やはり、ヘンリーも気になっていたようだ。未だ姿を見せないカンダタが。

「あいつのことは…もう何も言うな…。お前も、分かっているんだろう…。」
「………。」
やはり、カンダタはもう………。じゃあ、エテポンゲも………?
俺達二人でもかなわなかった闇のドラゴンを一人で倒したエテポンゲが…まさか…そんな事が…。
使えなかった稲妻呪文…。
魔族の秘密兵器…。
そして、現れないカンダタとエテポンゲ…。
決戦を前に抱える俺の不安は、あまりに大きすぎるものだった。

魔族との決戦まで、あと1日

Lv32
HP167/167
MP88/88
武器:雷鳴の剣 鎧:シルバーメイル 兜:風の帽子
回復:ホイミ、ベホイミ
攻撃:バギ、バギマ、ギラ、ベギラマ
補助:スカラ、ルカニ
特技:はやぶさ斬り、火炎斬り、諸刃斬り、魔人斬り、正拳突き

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