夢じゃないのか。いや落ち着け、夢だろ、傷があっただけだろ、 前に太ももに矢傷を負ったことがあったんじゃないのか? ……ねえよな。 手始めに服を着た。とりあえずジーンズとTシャツでいいだろう。 ベッドの上に投げてあったカーディガンを羽織り、座る。 ハラは減っているので、テーブルの上のサンドイッチを食べる。 よかった、ハムサンドだから悪くなってない。 バッグからマルメンを出して火をつける。くはー、この一服の為に生きてるんだよなあ。 あっちの世界では1本も吸わなかったな。持ち込み出来たらよかったのに。 野菜ジュースを飲みながら紫煙をくゆらす。 味覚オンチなので、食い合わせ飲み合わせはまったく気にならない。 それよりも、すっかり忘れているようで実体験で覚えているドラクエ8に夢中だ。 公式ガイドを引っ張り出し、サザンビークのページを開く。 「似てる……つか同じ」 PS2の電源を入れようとすると、何故か電源が入っている。 テレビを点け、外部入力に切り替えると、ドラクエ8の世界が映し出された。 「何で……?」 しばらくいじってないのに、何かのはずみで電源が入ってしまったのだろうか。 訝りながらコントローラーを引っ張り出す。 手の癖でルーラを開く。ん? ルーラのリストに、ゲームではまだ行っていないと思っていたが、 サザンビーク、ベルガラックなどの名前がある。 恐る恐るサザンビークにルーラする。 到着すると急いで門へ向かう。ウッ、3D酔いがくらっと。 「ゲッ!!」 目の前に飛び込んできた画面は、宿屋から出たあの光景とまったく一緒だった。 やっていないゲームの続き、矢傷・・・ 私は呆然とタバコを吸い続けた。 「何で……?」 ネットは怖くて見られない。 体感2週間もの間、ゲームの世界にいたなんてまだ信じられないのだ。 その分、ゲームも進んでいるなんて、どうやったってムリな話だ。 夢で片付けるには、どうにもつじつまが合わない。 どうやったらこうなったんだろうか。 玄関ドアがバンバンバン! と叩かれる。うっせえな。誰だよ。 「チョットアンタ、電気ぐらい点けなさいよッ、どーしたの?」 このボロアパート、物思いに耽る事すら出来んのか。 「開いてるよ」 一人の男が無遠慮に乱入してきた。 男というかオカマだ。 オカマというか同じアパートに住んでる学生時代の先輩だ。 ニックネームをデミーラという。 何でかというとオカマだからだ。 他に理由はない。 「ワイン開けてよ、栓抜き折れちゃった」 しらねえよ怪力オカマ。 見れば、ワインオープナーが無残に根元から折れている。 「何考え込んでるの? あらドラクエ8、まだやってたの?」 「……センパイに最後に会ったのっていつでしたっけ?」 「ハァ? ほとんど毎日会ってるじゃないの、アンタ大丈夫?」 そうだった、このオカマ、ほぼ毎日何か理由をつけてうちを訪ねて来るんだった。 「昨日は『飲み会だから来ンなよ!!』って、言ってたじゃない」 「そ、そうだったな、うん」 手持ち無沙汰に壊れたワインオープナーをぐるぐる回す。 デミーラは私のソムリエナイフを引っ張り出し、勝手にワインを開けはじめた。 壊すなよ。 「何があったのアンタらしくないわね」 「どーせ言っても信じてくれないから言わねえ」 すると、ワインを投げ出して私に飛びついてきた。 「言っても信じられないような体験したのッ?! 何ッ? 言いなさいよッ!!」 しばらく押し問答の果てに、私はドラクエ8体験談を話す羽目になった。 話し終えると、デミーラはおもむろに立ち上がり、私のプラダのリュックにポイポイとその辺のものを入れ始めた。 「何やってるのよ」 「何やってるのよじゃないわよ、アンタ、またいつ旅立つか分からないわよッ!!」 「ハァ? せっかく戻って来たのに?!」 「何で戻って来たの? せっかくならクリアしてらっしゃいよッ!!」 「ハァ? イミワカンネ」 やっとの思いで開けたワインをがぶ飲みしながら、 ケータイー、ハンカチー、あと非常食ー、とか言いながらどんどんリュックの中に詰める。 それは非常持ち出しリュックではなくブランドもんのバックだと分かってるのだろうかデミーラ。 やがて満足したのか、留め金をパチンととめると、私に投げて寄越す。 「次行く時はソレ持ってらっしゃい!! そしてアタシも連れてって!!」 「ハァア? ワカンネって言ってるだろ、行き方なんか!!」 「大丈夫、同じことやれば行くわよ、という訳でどんどん飲め!! そして記憶を無くせ!!」 「ウッソ、マジで……」 今日が土曜日なのが災いしているのか、幸いしているのか、 これでいてデミーラは銀行員だったりするので、土日は休みだ。 「クッソ、ワケワカンネ、そうだよ、仕事どうするよ、臨職切れて」 「もー仕事なんてどーでもいーじゃないの、ドラクエの方が面白いわよ」 「あたりめーだこのオカマ」 「オカマじゃなわよバイセクシャルよ」 「どっちだっていいよもー」 「そういや矢の傷っての見せてよ」 「パンツ見えるからやだよ」 「いーじゃないの別に」 「よくねえ両刀だろうが」 「キーッ何よ乳なし~」 「・・・メラ。」 ボフッ! 突如、空間に小さいけれど炎が上がった。 「ギャー!! 何すんのアンタ!! アチアチアチ!!」 炎はデミーラの髪に燃え移り、チリチリ焦げ臭い匂いがした。 あわてて台所の水で消火したが、一部消失してしまった。 「イヤー!! 月曜日からどーすんのよッ! アタシ仕事してんのよーッ!」 ていうか、メラ? 途端に怖くなる。目の前のワインをあおる。 「何なの今のッ、あぶないじゃないのよッ、どっから火出したのよっ!」 「ワカンネ、あーっ、ワカンネ!」 どぼどぼとグラスにワインを注ぐ。一気にあおる。 「チョットアンタ!! そのワイン高いんだからね!」 シラネ、ワカンネ、ドーデモイイ。 「あー、デミーラ回ってるぅ~、キャハハハ」 「ちょっとアンタ、飲みすぎよ」 「裂けるチーズ食いた~い」 ぐらり。視界がゆらぐ。 大の字に床に寝転ぶと、天井が渦を巻いた。 「あ~たびのとびら~」 そこまでしか覚えていない。